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【人生の総まとめ❽ 帰国前夜】為せば成る「有志者事竟成」

筆者は、当時14歳である。中学2年生。

父が肉親探しから帰って、日本には、豊かな生活があるという事を始めて知った。それは、当時で珍しいカラーテレビを持ち帰ったのである。しかも日本製。

情報封鎖の時代、情報の暗黒時代とも言う当時では、ラジオから共産党の新聞からは、以下に資本主義の国で、国民がギリギリの生活である事多いに喧伝されていた。つまり、資本家が大悪党だと。唯一、共産主義が人々の幸せを導く。そう学校で先生が教室で声を上げる。

筆者は、父の肉親探しにより、日本が如何に豊かであるか、根底から教科書を否定する事象が見える。それでも、愛国主義、貧しくても、母親を嫌う子供は畜生と罵られる当時中国の風潮は、筆者はその頃から不信感を抱いた。それは、異議ありとなる。

 大悪党である資本家が人々を豊かに導くという伝説は、改革解放という鄧小平の「先富論」になり、やがて、中国も赤い資本主義の国になって行く。

 「井の蛙は海を知らず」という事は非常に怖いのである。人はどこに居ようか、真面目に勉強して、人の役に立つという事は変わらない。

  当時の筆者は、根拠のない一つの恐怖感があった。それは、言語である。小学校から中学校までずっと習う国語は、日本に来たらもう一度、やり直さなければならないと思っていた。

 あとでわかったが、日本語には、漢字がある、読みは違うが、意味が近いと思った。唯一の救いであった。それでも、筆者は、日本に来たあと、それなりに書き取りの練習したり、一所懸命に取り込んだ。周りがのほほんと過ごしている危機感のない学生には、相手をしなかった。そいつは、日本で生活基盤があって、自分には、自分の手で頑張らないと手に入れられないから。筆者はゼロスタートだけではなく、言葉のハンデもある。

そんな時に、「為せば成る」という素晴らしい言葉に出会った。志を持ってすれば、必ず成就するという強い押しがあり、筆者は常に座右の銘としても懐に収めていた。

現在の筆者は、言葉の限界は余り感じない。なぜなら、為せば成るという強い力が常に後押ししてくれている気がするからである。